虎口橋(こくばし)

嘉永3年(1850年)創建。所在:熊本県菊池市竜門字虎口。石工は虎口村の仙左衛門、西迫間村の伊助、幸兵衛。 長さ25.3m、幅4.25m、径間15.9m、拱矢8.3m。「江戸時代末期、地元の石工によって架設された大型の単アーチ橋である。 八方ケ岳の登山口に架かり、周囲には迫間川渓谷の瀬音が響いている。 谷は深く、橋はフジなどに覆われているので、石組みを見るのは難しい。」
(以上、熊本の石橋313:熊本日日新聞社発行より)


菊池市竜門ダムの下流約1kmにあり、平成17年秋までは市道として利用されていたが、アーチの亀裂が甚だしく危険だとして平成18年1月10日現在、通行止めになっている。 すぐ近く(100m程上流)に竜門ダムの管理用道路の橋があるためか、特に交通の不便を訴える声も少ないようである。 しかし、危険で通れないのなら維持管理上は早く取り壊したほうが良いという考え方もあり、存亡の危機に立たされている。

平成18年1月4日、菊池市教育委員会文化振興課の阿南亨氏から「どの程度の危険なのか、修理はできないのか」などについての問い合わせがあった。 現地に赴き調査した結果は、下記の通りである。

A 現況について

写真のとおり、ごく一般的な単アーチ石橋で壁石は乱積み、熊本型石橋の典型のような趣である。 下流から見る限り、アーチの形状に歪みも見えず、端正で頑丈な眼鏡橋の印象が強い。 しかし下から見上げると、輪石にかなり大きな亀裂があり、右岸上流の壁石に著しいハラミが見える。 基礎岩盤は花崗岩系、輪石は熔結凝灰岩系(黒曜石の粒子が極端に少ないので断定はできず)である。 路面部はコンクリートによる拡幅ならびに転落防止の高欄が施され、アスファルトで舗装されている。 地覆コンクリートは、石橋の天端石を上下流から挟んで保持しているように見える。 有効幅員は4.0m程度で自動車の離合は難しく、交互通行をしていたようである。 起終点に接続する道路も乗用車一台分の幅員しかない。 通行止めの看板はあるが横をすり抜けられるので、橋を渡ることができる状態である。





B 問題点および原因

アーチを下から見上げると、右岸輪石に著しい亀裂が見られる。 また、右岸上流の壁石だけが異常にハラんでおり、放置すると壁石が抜け、崩壊に至る可能性がある。
橋体の中詰に小さすぎる粒子の材料が使われると、表面舗装時の転圧による圧縮変形や長期圧密により、 壁石に対して側圧をかける可能性が高い。
虎口橋の場合、壁石がハラんだ結果、輪石を道連れに上流側へ 引き出したことも輪石の亀裂の原因の一つである。
右岸輪石の上流端根石が接する基礎岩盤は河川中心側に勾配がついており、 地震などにより少々ズレ落ちた可能性がある。(右岸輪石の上流端根石が水平ではなく、 1〜2cmほどズリ下がって上部の輪石を順次引き下げているようである。)
また、壁石はいわゆる毛抜きアイバに近く、高石垣にはそもそも無理がある。

左岸側に発生している亀裂は、これ以上進展しない裏付けさえあれば、輪石としての強度は充分なので問題は無い。 「現在の亀裂が何時から発生し始めて、何時止まったのか、または広がりつつあるのか」などは、 聴き取り調査や過去の写真の比較、物理試験などを進めれば解明され裏付けられるのだが、現状では実施されていない。

C 修繕して使用できる橋なのか?

よく似た石の積み方をした橋に、美里町(旧中央)の二俣橋がある。
輪石のひとつひとつ、壁石のひとつひとつは、かなり大まかな仕上げをしてあり、隣り合う石材の間には大きな隙間がある。
虎口橋は左岸側にも若干の亀裂があり、輪石と輪石の間に隙間が見られるが、この隙間を二俣橋の隙間と見比べてみると 大差ないことがわかる。
したがって虎口橋の左岸側は、亀裂や隙間がこれ以上広がらず固定していれば石橋としての機能は充分満たす、と考えて良い。

上も右の写真も「二俣橋」であるが、「見るからに壊れそうな虎口橋」のイメージを 持った人が「二俣橋」と見比べた場合、「虎口橋も補強すれば、安全なのかな」という納得がいくかもしれない。
石橋は、輪石の根石などの部品が所定の位置から全く動かなければ、石材そのものが持つ圧縮強度と同等の荷重までは耐え支える、と言って良い。
虎口橋の場合、石材自体の風化はそれほど進んでいないので、偏圧による亀裂部以外は充分な強度がある。
部材が動かないように固定する修繕工法をとれば、充分使用に耐える石橋である。
右岸の亀裂の原因はほぼ確定しているので、根石上流端を固定し、輪石の亀裂を何らかの方法でつなぎ、右岸上流壁石のハラミを止めることで、 あと50〜100年は充分に橋としての機能を安全に維持できると考えられる。
ハラミを止めるために押さえ石垣(鞘石垣が必要)などを増設するとしても、工事費三千万円未満で充分可能だと考えられる(平成18年現在)。
上下流の環境から見て、この橋は通水断面積の不足が原因で上下流に洪水の被害をもたらすとは考えられない。 従って、全面通行止めにしてそのまま保存しておくのが最も良い方法であることは間違いない。 転落事故などの管理瑕疵責任等については、海外の「全面通行止めを伴う保護遺産」の周辺を調査すれば解決すると思われる。



D 虎口橋の価値(情緒的視点を含む)

虎口橋のすぐ近くには、龍門橋、迫間橋、長野橋、仲好橋、綿打橋、雪野橋などがあり、 さらに菊池川本流の県指定文化財、立門橋、永山橋など、石橋の密集地帯である。
人が作ったもので百年以上前からある本物の集団は、視点を変えれば非常に重要な財産である。 種山石工の流れとは違う眼鏡橋文化のルーツがあり、そのさまざまな特徴の研究はまだ進んでいない。
素材は近くにある自然の石材であり、公害もなく、静かに山里の風景にとけ込んでいる。 その姿は、現代技術が到達できない「簡素の美」そのものであり、かつ、半永久の命を持つ、土木構造物の究極である。 装飾がまったくない。これ以上は簡素化できない。最低限の物理機能の組み合わせだけで、「美」を見事に創り出している。 眼鏡橋を移設したり解体したりしても、材料はすべて再利用できる。環境問題に人類が気づく前に、 周囲に何の悪影響も与えず、全く無駄の無い社会資本のお手本が、百五十年以上前に造られていた。 鉄筋コンクリートで作る橋の実質耐用年数百年未満に対して、百年を超え、さらにあと百年は大丈夫だろうという石橋も多い。
「本物とは何か?美しさとは何か?」の模範解答が、眼鏡橋、石橋として私たちの目の前にある。 先人の知恵に敬意を表し、大切に扱い、修繕をして現役として活躍させなければならない。 もったいないのである。

(文責:熊本県山都町(株)尾上建設 代表取締役 尾上一哉:2006.01.12)