八代市東陽町にある「鹿路(ろくろ)橋」です


鹿路橋 現況調査報告書
1 石橋の概要
(熊本の石橋313:熊本日日新聞社発行より引用)
名称 : 鹿路橋(ろくろはし)東陽村指定文化財 架橋 : 嘉永元年(1848年)
所在 :熊本県八代郡東陽村大字河俣字座連口 石工:嘉八
長さ :20.3m幅2.7m径間:13.6拱矢:4.2m
東陽村の東部、泉村との村境近くにある橋で、嘉永元年(1848年)、嘉八によって
架けられた端正な橋。東陽村では三番目に大きい。
鹿児島の甲突川に武之橋(五連)が岩永三五郎によって、熊本の御船川眼鏡橋が
宇一と丈八(のちの橋本勘五郎)によって、地元では小浦地区に舘原橋と今屋敷橋
が種山組によって架けられている。霊台橋が架けられた翌年だけに、種山石工集団
が各地で活躍している。 (引用ここまで)
2 本報告までの経緯
 平成14年6月5日、石匠館館長上塚氏より電話で、河俣川上流の鹿路橋について
調査依頼があった。「鹿路橋の輪石に著しい縦断(川の流れに直角)方向の亀裂が
あり、年々その幅が拡大する傾向にあり、憂慮すべき状態である。何が起因している
のか、亀裂の拡大は止まるのか、また拡大が続くとすれば制御する方法はあるのか、
または修理の必要があるのか、その方法はどのようなものが考えられるのか?」など
といった内容であった。
 平成14年6月7日午前11時頃、石匠館に立ち寄り上塚館長から説明を受けたのち、
鹿路橋に出向き、2名で予備調査を開始した。
 現地での昼食をはさみ午後2時頃調査を終え、亀裂の原因となる共通点の有無の
調査のため、近隣の「笠松橋」「谷川橋」「山口橋」「鶴下村中橋」「蓼原橋」「美生橋」
を訪れ、輪石の特徴を確認した。
 調査資料の整理を行って石匠館に立ち寄り、上塚館長に調査のあらましを報告し、
推測できる要点を説明したのち、後日、文書により調査報告を行うことを告げ、帰路
についた。
3 以降の本報告書の構成
A 現地予備調査
  調査した内容と流れがわかるように、主観・客観共に書きつづった。
B 特徴・要点の整理
  現地予備調査の内容中、客観的な事実を箇条書きに整理した。
C 破壊原因の推定
  整理した要点から誘導できる、破壊原因を推定(特定)した。
D 改修工法の検討
  工法及び概算費用
E まとめ及び課題
現地予備調査
 鹿路橋の左岸上流15m、ガードレールごしに小さな崖道を伝い河俣川に降りる。
 対岸の小高い岩場に張り出した梅は、たわわに熟れた黄色い実を川底に落とし
始めている。かすめるように上流の淵に逃げ込む魚影。瀬からカジカガエルの声。
 鹿路橋を上流から眺める。単曲線単アーチによる、基本的な肥後の石橋。全体
にしっとりと、柔らかな落ち着きを感じさせる。
 橋の左岸上流の天端に、三角形の床版がある。コンクリート桁を路側に1本通し、
その上に木で床組を施し、床版コンクリートを打設、土・砂利で舗装してあるようだ。
 車の内輪差による脱輪防止のための拡幅であろう。この三角形の床版を支える
コンクリート桁は、住宅で言えば火打ち梁(水平な筋交い)の役目をしており、これ
が輪石の亀裂の誘因にはなりづらい、と現段階では考えられる。
 川底からの高さ2mから4m付近までの輪石のカーブが不自然である。両岸とも単
曲線にしては直線に近すぎる。創建時に意匠として施すアーチの化粧にしては曖昧
で微弱な直線であり、上流側は特に顕著。輪石の変形に起因するのだろう。
 アーチの石組を見上げる。輪石の左岸側上流に、著しい亀裂が見える。最大幅
15cm程度の亀裂が輪石列数で15列、およそ7mほど河川に直角に走っている。
右岸下流にも連続した明らかな亀裂が見られる。輪石全体にも転々と隙間があり、
上下流方向にかなりの弛みがある。
 輪石の上下流側の外端は、ほぼ一直線で通りが良く変形は認められないが、
全体が上下流共にやや傾いている可能性があり、復元する場合は精密な測量を
行う必要がある。
 長靴で渡渉したが、川底にはかなり上流から流れてきたであろう長径30cm内外
の丸い堆積岩系の石が多く、その殆どにあまり苔が生えておらず、滑る石が少な
かった。つい最近、かなりの激流でも発生したのだろうか。
 左岸は基礎岩盤が水面すれすれ、右岸は堅固な岩盤が水面上にあり、全ての
根石(アーチの基礎となる石)の岩盤との接合点(線)が確認できた。岩盤を根石
に合わせて水平に誂え、また逆に根石の底を岩盤に密着させた形跡がなく、やや
粗暴さを隠せない。
 また、左岸輪石6段目と右岸輪石2段目がほぼ水平とみられるが、それより上部の
輪石から比べると、その段までは何故か、かなり粗野な積み方をしてある。
 輪石の断面は平均して底幅40cm、厚さ60cmである。底幅1尺3寸、厚さ2尺と
読むべきだろうが、輪石全体を精密に測量しなければ基準寸法は確定できない。
 輪石の長さは、最長で底幅の2.5倍程度までを使用してあるが、1倍から2倍
までの石が圧倒的に多い。下流域にある「山口橋」「蓼原橋」の輪石の底幅と長さの
比とは対照的である。
 いわゆる芋目地が多く、さらに連続した箇所が多い。上流側に入った大きな亀裂は、
ほぼ15本の連続した芋目地が弱点となって発生した、と言っても差し支えない。
 シダや湿生の菌類が輪石全体に目立つが、橋が常時湿気を帯びている証拠で
ある。鹿路橋周辺は風通しも日照も適度で、湿気が停滞するような場所ではない
と考えられる。輪石面は通常、水も土もかぶる場所ではないので、シダ類が生息
するのであれば、橋の内部からの水分と栄養に頼っていると考えられる。
 右岸上流の小高い岩場へ歩いて行くことができ、さらに右岸の村道へ登り抜ける
ことができる。それにしてもここのカジカガエルは物怖じもせず、よくさえずる。
 橋上は砕石と土で舗装してあるが、部分的にやや陥没気味である。舗装材料が
橋の内部に中詰めされた石屑の隙間に流れ落ちたり、諸荷重(轍・踏圧・雨水圧
など)により水平に押し広がって下がったことが、考えられる。
 壁石は、大きく三種類に分けられる。
 アーチの周囲には四角に整形した壁石が使用されている。アーチを押さえるような
配置なので、一見二重アーチのようである。しかし、断面にかなり変則的なものが
あり、輪石として上下流に連続しているとは思えない。アーチの上下流の両端だけ
を二重アーチのように補強の意図をもって、壁石を積んだ可能性がある。
また、創建時のものであるかも不明であり、洪水などで崩壊後、修復する際に付加
された可能性もある。     (二重アーチの定義の確認が必要)
 壁石の大部分は、ほぼ丸い石が乱積みされている。緊急に川底から最寄の石を
かき集めて積んだ、といった風情である。そのほか整形した石も組み込まれている
が、不規則に入り組んでいる。
 左岸下流の壁石は、間知石の谷積みである。下流の橋台の取付護岸ブロックを
施工したあと、勾配約3分で積んである。その結果、垂直であるべき壁石に勾配が
つき、延長約5mにわたり、橋上の幅が0〜1mほど三角形に欠きこまれている。
 当時の公共工事の基準では、石積みを垂直に施工できなかったのだろう。また、
胴込コンクリートが完璧に充填されているので、シダや草は生えていない。
 左岸上流の三角の床版は、下流の欠損を補填し橋幅を確保したともとれる。
 下流側中央に地覆(土留)石のようなものがあるが、整列してはいないようだ。
 察するに壁石はかなり継ぎ接ぎされており、痛々しい過去を物語っている。
 準備調査を終わり、似たような特徴が近隣の石橋にあれば、亀裂の原因がより
明確になるため、「笠松橋」「谷川橋」「山口橋」「鶴下村中橋」「蓼原橋」「美生橋」
を参考調査した。
 「笠松橋」には、同様の縦亀裂があり、さらに芋目地部分に集中している点では
非常に良く似た特徴があった。
 「山口橋」「蓼原橋」では、欠点を補うかのように対照的な特徴があり、後世に
技術的に進化した橋であると言える。逆にそうではない橋があることもわかった。
特徴・要点の整理
1 創建時からそのままの姿(変位を除く)で残っていると思われるもの
 @基礎岩盤
 A輪石全部(45列)
 B壁石の一部および中詰め土の一部
2 創建時とは違う姿(変位を含む)だと思われるもの
 @アーチの亀裂および輪石の割れ
 Aアーチ線形(曲線)の乱れ
 B壁石材料・工法の約9割
 C中詰め土の材料のほぼ全部
 D橋上の舗装材(砂利・土)
 E左岸上流の三角形の拡幅
3 どちらであるか不明なもの
 @下流側中央上部の土留石らしき長尺の石
 A二重アーチのような壁石
4 その他の特徴
 @輪石に芋目地が多い
 Aアーチの両岸基礎部分の施工が粗雑
 B晴天続きにかかわらず、全体が湿っぽい
破壊原因の推定
 「基礎は岩盤上にほぼ変位もなく安定していることから、取付護岸の床堀などの
危険に遭ったとしても、それが亀裂の直接の原因とは考えにくい。」と言える。
 そうなると橋自体に原因があり、前述の特徴・要点を関連して考えると、「中詰め
材料が壁石を上下流に押し出し、伴って輪石も引きずり出された。輪石と輪石の間
が離れざるをえないが、芋目地が連続する部分では集中して離れ、亀裂となって
現れた。」ことが推定(仮定)できる。
 中詰め材料が、すべて石や石屑であり、なおかつすべてが安定して変位を起こさ
ない(崩れ落ちない)よう、適度に並べられ締め固められていれば、橋体内部には
壁石を押し出すような圧力はほとんど発生しない。しかし、中詰め材料に「レキ混じり
土」が使われたとすれば、輪石の亀裂の最大の原因となる。雨水が浸透した場合、
土圧が高まり、壁石を押し出す力が発生するのである。 
 また、全体が湿っぽくシダや湿性の菌類等が発生していることから、橋体内部の
湿度が高いと考えられるが、その保湿物は「土」だと考えられる。「土」は、改修の
際に中詰め土として一時に大量に詰められたか、もしくは橋上舗装の際、一般の
木橋と同様、砂利下地の目潰し材として、中詰め材料の上に施工されたか、などが
考えられる。
 さらに、二重アーチ風の壁石は、輪石にほぼ密着するような加工が施されており、
壁石が押し出された場合、摩擦力によって輪石も道連れにした可能性がある。
 その変位は輪石の上下流方向への「引張力」の結果であり、輪石一列の最も弱い
部分である「継ぎ目」に「隙間」として現れる。芋目地になった部分は、隣り合う列の
輪石との摩擦が最も少ない弱点部であり、当然の結果として、芋目地が連続する
部分に「引張力」の結果は集中せざるをえず、大きく「隙間」として現れる。
 以上が推定できる「縦亀裂」の原因である。直感的な推定であるが、以上のような
裏付けをとってみると、最も大きな原因であることには間違いない。
改修工法の検討
現状のままでは、半永久にその姿を留められないことは以下のとおり、明白である。
1 舗装材及び中詰め材の悪影響
  橋上舗装材は長期に渡り、雨水や踏圧により圧密沈下を起こし、橋体内
  の圧力を増し、壁石の押し出しを継続する。植物の根の繁茂も加担する。
2 アーチ強度の著しい低下
  亀裂によりアーチは、地震や洪水への抵抗力を著しく失っており、壁石
  が全壊する災害が起きれば、上流側輪石全体の崩壊の可能性がある。
 従って、舗装及び中詰め材、アーチの亀裂は改修する必要に迫られている。
 現代に生きる日本人にとって、この橋を復元保存することと、現状保存することの
判断は、費用と文化の問題において極めて難しい。今回の報告では、理想的な
改修工法を提案しておくにとどめる。
 理想的な改修とは、可能な限り創建時の姿に復元し、将来に引き渡すことを目的
とするコンセプトであり、最も費用がかさむ改修工法である。
 ただし、現状では創建時の壁石がどのようなものであったかが特定できない。推
測するに、二重アーチ風の壁石に繋がるいくつかの壁石は、表面整形した雑石の
乱積みであり、同年代に竣工した周辺の橋と同じだと考えるのが妥当であろうか。
改修工法
 支保工を組み、二重アーチ部の壁石に復元のための番号を打ち、やや輪石を持ち
上げた状態で「橋上舗装」「壁石」「中詰め土」を撤去し清掃した上で、ズレた輪石を
テコなどにより復元する。併せて半径の調整を行い、曲線を正常に戻す。
 割れている輪石を復元する場合は、石材用接着剤を用い、同じ箇所からの割れが
発生しないようにする。
 既存の二重アーチ風の壁石を復元し、残りの壁石は新しい材料で乱積みを行う。
 中詰め材料は、新材のはつり屑及び撤去した壁石を使用し、一つ一つを確実に
固定させながら充填する。橋上部の舗装については、中詰め材の上に栗石を敷き、
徐々に粒径を落とし、20mmの砕石で仕上げ、表面は三和土で防水・化粧を施す。
 以上が、理想的な改修工法のあらましである。
 概算費用を以下に算定する。
1 設計図書作成 (北野教授の図面流用、明細詳細施工計画要領書)
2 支保工(河床部分整形、上下可動式鉄骨支保工組立解体)
3 壁石・中詰土撤去(拡幅部、壁石一部練積、解体・集積)
4 輪石復元(洗浄、輪石位置復元、割れ接着、曲線復元)
5 壁石復元(既存壁石復元、新規壁石垂直乱積み)
6 中詰材充填(石材のみ:一部新材)
7 橋上舗装(下地砕石、三和土舗装)
8 諸経費(共通仮設・現場管理・一般管理・監理指導共)
9 合計
消費税込み概算総費用
まとめ
 概算費用が、東陽村の「鹿路橋」に対して高いのか安いのか判断がつきません。
 本報告書全体についてのご検討をお願い申し上げ、報告を終わります。
 この項に至るまでに、丁寧語を使用しませんでした無礼をお許し下さい。
石橋調査者
熊本県上益城郡矢部町千滝222−1
尾上 一哉
電話 0967−72−0134
E-mail : welcome@ogami.co.jp
本報告書をまとめる段階で、他の石橋を維持する場合の重要事項が確認できました。
1 橋上を修理する場合、中詰めや舗装材料には、土を使用してはならない。
2 可能な限り、橋体に水分が浸入しないような表面仕上げを行うこと。
3 水による土圧を避け、植物の栄養源を断つような修理工法が必要。
4 植物が生えた場合、繁茂する以前に、早めの除草が必要。
5 連続する芋目地は、縦亀裂の集中誘因。早めの接着をすべきかもしれない。
以上は、現存する石橋の維持保存費用をより少なくするための、日常注意事項と
して有益だと思われますので、石橋の小修理を行われる場合はご留意下さい。
以上