熊本県鹿本郡鹿北町  中の川内橋調査報告書
依頼者 熊本県鹿本地域振興局 土木部維持管理課 0968-44-5151
調査日 平成15年3月5日(水曜日)午後
調査者 熊本県上益城郡矢部町千滝222-1  株式会社尾上建設 代表取締役 尾上一哉
調査員 1  尾上一哉 (測量士S53-3067、1土施、1建施、1園施)
(日本の石橋を守る会会員)
調査員 2  大和陸男 (測量士S57-2166、1土施、1建施、1管施)
まえがき
 西日本測量設計(株)の上村設計課長様より、中の川内橋について「継続使用が可能な
石橋かどうか?」という問い合わせがあったので、とりあえず現地に赴き調査を行った。
 結論は「充分に継続使用可能」であり、その判断根拠は本調査報告書のとおりであるが、
判断根拠に妥当性があるのかどうかの判断は、依頼者に委ねる以外に無い。
 判断根拠の妥当性は「今後構築していくべき課題」であり、今回の報告が依頼者の満足
を得るのかどうかにより、判断根拠の方程式の方向が定められていくものと思われる。
与件(熊本日日新聞社発行「熊本の石橋313」より)
名称: 中の川内橋(なかのかわうちばし) 架橋: 大正3年(1914)頃
所在: 熊本県鹿本郡鹿北町大字岩野字弁天
長さ: 8.00m 幅: 7.00m 石工: 不明
解説: 県道13号黒木鹿北線と国道3号線の取付け口にある。道路改修により、橋の
両側をコンクリートで拡幅してある。
現地調査 
 川へ降りる道は上流側左岸に一箇所だけ、民家の軒下を通る小道しかないようである。
家人が不在だったため、やむなく無断で川へ降り立ち、調査を行った。
 石橋を補強するためか、かなり変則的なコンクリートで取り巻かれているので、たぶん
流量断面は不足すると見受けられる。が、今回の依頼は石橋本体の強度と価値についての
調査であるとして、水理計算については考慮しない。
 輪石の基礎である両岸は堅固な岩盤で形成されており、輪石の露出面を見る限り、変異
や風化などもほとんど認められず、創建当時の強度をそのまま保っていると考えられる。
 輪石は、最も一般的な組み方をしてあり、個々の石に亀裂も見られない。また、個々の
接合点が開いた形跡もなく乾燥状態もかろうじて良く、風化はほとんど無い、と言える。
 周囲を過度なほどに補強されたため、石橋自体の形状や強度は、ほぼ創建当時のまま保
たれている。現状のままでも、素っ裸にされても、解体して移設しても、充分に目的を果
たすことのできる優秀な石橋である、と言える。
 問題は石橋の「目的」である。創建は大正初期であるから、まだまだ馬車の全盛時代で
あるが、フォード車なども輸入されており、それらの通行が想定されたと思われる。
 当時としては充分過ぎるほど頑丈かつ贅沢な石橋だったと考えられるが、石橋の荷重の
分散のしかたを考えると、その頑丈さは予想を遥かに超えるのではないのだろうか?
 言い換えれば、高速道路を含む国道橋としても、石橋は充分に目的を達成する能力を持
っているのではないか、ということである。
石橋の鉛直荷重への強さ
 石橋の輪石を組む場合、最上段の要石がアーチの一部として自重ではめ込まれた瞬間に、
それまで石材を支えていた支保工は不要になる。すべての輪石に懸かる荷重は、アーチを
伝って両岸の基礎に抜け、吊り合うのである。
 要石にかかる鉛直方向の荷重(死・活・衝撃共)は、鉛直方向ではなく隣り合う輪石に
よって強制的に水平方向へ変えられ、順次輪石を伝い基礎へ抜ける。決してアーチの内側
がはらまない、意外といえば意外な構造体が石橋のアーチである。
 このことは、要石を含むアーチを構成する石材自体の圧縮強度そのものが、石橋全体の
鉛直荷重に対する強度だと言える可能性もある。
 ちなみに溶結凝灰岩は、中硬岩に分類されるものでは一軸圧縮強度は600kg/cm2程度で
あり、一般的なコンクリートPC橋桁の強度とあまり変わらない。しかし、鉄筋もPC線も
使用しない上、最も弱い場所にある要石は、引っ張りも曲げも負担しない。ただ圧縮だけ
を負担しているだけだとすれば、橋全体の鉛直過重に抵抗する強度はPC桁など足元にも
及ばないことになる。
 九州で石橋に使用されている溶結凝灰岩は、阿蘇4期噴火時生成岩がほとんどであると
いわれ、その質(硬さ)は大きく三段階に分けられる。
 石橋の築造に耐えうる最も「軟」らかい凝灰岩の外観はほとんど黒色であり、金槌で叩
くとカドは簡単に欠けてしまう。この石材で造られた石橋は風化が著しく、凍害を受け易
く、亀裂が多く発生し、亀裂と亀裂の間が砂状に風化し崩落しているものも多い。
 解体する際に、輪石にかかっていたストレスを抜くと同時にボロボロになる性質の石材
であり、移築は不可能である。ほとんどの部材取替えを要するため、保存とはいえない。
 黒いとも青いともいえない、灰色系の一般的な凝灰岩がある。「加工しやすい、優れた
石材の産出が、九州に石橋を多く生んだ所以」と評される石材がこの「中」程度の硬さを
持った溶結凝灰岩である。金槌で叩けばある程度の抵抗を見せるが割れないわけではない、
といった程度の硬さであり、ごく普通に石橋に使用されている。100年以上経過した石橋
でも、そのほとんどが移築可能な石材のようである。
 最も「硬」い溶結凝灰岩は、金槌で叩くとやや金属的な音と共に槌を跳ね返すといった
感触がある。金槌程度では歯が立たず大型の加工工具や機械を必要とするため、加工費用
も最も大きく、当然のことながら耐久性も最も大きい。
 中の川内橋の輪石はほぼ「中」程度の硬さで、個々の材料はほとんど風化の無い、きわ
めて保存状態の良い材質であり、移築するにしろ取替材はほとんど不要だと思われる。
「軟・中・硬」の大まかな石材強度の判断は、シュミットハンマーによる打撃試験結果を
目安とした。
他の石橋の調査による、価値判断根拠の補填
「女田橋(おなだばし)」:鹿北町大字岩野字西栗瀬
 同じ年に完成したほぼ同規模の石橋であるが、輪石の
組み方、壁石を扇積みにしてあるところなど、この橋は
橋本勘五郎の作風を真似たオーソドックスな石橋である。
 石材の硬さも同じ「中」程度。雨水にさらされ含水率
が高いように見受けられ、風化が進んでおり、中の川内
橋より強度は劣る。含浸補強などが必要な橋か。
 
「弁天橋(べんてんばし)」:鹿北町大字岩野字園木
 明治14年(1881)橋本勘五郎の作。輪石の材質は
「中」と「軟」の間。輪石の一部が湿潤状態であり、
凍害によるクラックが発生している。原因の撤去が必要
な橋。(原因:表面舗装の破壊による雨水浸透か、水道
管からの漏水のどちらか)
 輪石に縦のクラックが散見され、中詰土の土圧による
ものと考えられる。今後も道路橋として使用する場合は、橋体内の中詰め材をすべて乾燥
した硬い岩石に入れ替えた上で、橋体内部への雨水の浸入を防ぐ目的で舗装すべき。
 中の川内橋に較べると、かなり老朽化した感がある。
「高井川橋(たかいがわばし)」:鹿北町大字岩野字高井川
 橋本勘五郎の作とされ、明治十八年完成。使用されて
いる溶結凝灰岩の色が黒く、やや柔らかめの石材が使用
されているように見受けられる。輪石右岸側に縦の亀裂
が見えるが、橋体内に混入した土砂の圧力で壁石を押し、
連動して輪石を引き出しているのではないか。
 この橋も今後、道路橋として使用する場合は、橋体内
の中詰め材を、すべて乾燥した硬い岩石に入れ替えるか
橋体内への水の浸透を防止する遮断層を設けなければ、上下流壁石への圧力が止まらない
ので、変形は進むばかりである。石材が柔らかいのだろうか、輪石全体にモルタルを塗っ
てある。補強としては無意味だと思えるが、変形した箇所の発見には役立つ。
「田中橋(たんなかばし)」:鹿北町大字多久字田中
 鹿北町で最も古い石橋(1858)で、大切にされてある
ようだが、木の根が輪石背面に這っており、早急な撤去が
望まれる。また欠損した壁石を補填してあるが、行く先々
輪石と似たような石材に取り替える必要があるだろう。
 この橋は残すに値する理由が多い。流量断面が不足する
という理由で撤去が計画される場合、河床の岩盤を掘削し
てでも現地に残してほしい橋である。
 以上、鹿北町にある、ある程度以上の規模を持つ石橋について、簡単な調査を行った。
中の川内橋を保存することについて、いろいろな視点からの、何らかの価値観が見つかり
はしないかと考えてのことである。現状では特に重要な価値を見出せないまま報告を行う
が、鹿北町全体の石橋の存在価値を改めて考える機会になれば幸いである。
その他の所見
 中の川内橋だけにある、他の石橋に見られない顕著な特徴が四つある。
1 輪石と輪石の間に1cm厚さのモルタル(接着剤)が敷いてある。
2 壁石の天端に路面排水用と見られる、丸い穴が並んでいる。
3 上下流共に、要石に装飾を施してある。
4 要石を挟む輪石は4本で構成され、他の輪石はすべて5〜6本である。
 輪石と壁石の隙間に活着した藤?のような根は、輪石の
亀裂発生の原因になるので、早期に撤去すべきである。
 上流側のコンクリート桁の鉄筋爆裂と、石橋の輪石を
見比べていると、材料・工法・誠意の違いなど、さまざま
な視点から複雑な想いをさせられる。イニシャルコスト・
ランニングコスト共に、百年以上確実に機能する石橋は非
常に廉価だと実感できる、サンプルのような橋である。
 拡幅時に創建時の姿を記憶している人が存命のはずである。地区の古老や、役所OBなど
から情報を得ておけば移築時の重要な参考資料になり、費用の低減にもつながる。
 また、丁寧な現状観察および精密な調査測量とその記録は、復元時の費用低減には確実
に役立つもので、疎かにするほど復元費用は嵩むことになるので注意が必要である。
以上 2003/3/12