1999/7/22
肥後の石橋 調査報告書
熊本県上益城郡矢部町千滝222-1
株式会社 尾上建設
 代表取締役 尾上 一哉
TEL 0967-72-0134   FAX 0967-72-1421
E-mail: ogami@orange.ocn.ne.jp
「石橋は生きている」:山口祐三著による橋番 (熊本県 172号)
橋名 小谷橋 第2回
所在 熊本県八代郡泉村白木平  
(国道443号線 白木平橋上流約50m)
河川名 氷川支流肥賀志谷川
平成11年7月1日午後3時現在
1 事前情報の整理
平成11年7月1日午後2時より、泉村建設課・教育委員会立会いで現地調査を行った。
(輪石の一部が脱落し、崩壊の恐れがあるので調査を要する旨の問い合わせによる。)
現状のまま放置して、もし橋が崩落した場合、隣接する民家の石垣の欠損及び崩落に
繋がる。また、この石橋を文化財と考えるか、消耗財産と考えるかで、今後の取扱いが
違うので、調査経過および結果資料に基づいて判断する事が最善であると考えられる。
原因を確実に突き止めた上で修繕をしなければ余分な時間と費用を要し、最悪の場合
見当違いの修繕をしてしまう恐れがある。充分な原因調査に基づき、最も有効かつ諸般
の事情に即応した計画を行うものとする。
また、この橋は種山石工集団の手による「肥後の石橋群」の一つであることがわかって
いる為、その歴史・文化・技術的な価値を疎かにするべきではないと考えられる。
1 現地調査 客観状況
1 アーチの上流側から約1/3の位置で橋の縦断方向に最大10cm程度の亀裂が
全周にわたり発生。アーチ中央部が最も顕著であり、数個の輪石が脱落。
また、輪石単体に入った亀裂により割れた輪石の断片の崩落も散見。
2 アーチの下流側から約1/5の位置で橋の縦断方向に最大2cm程度の亀裂が
全周にわたり発生。輪石に隙間が発生しているものの、脱落には至っていない。
3 橋の路面及び橋体に中詰めしてあった土砂が、脱落した輪石部分から崩落して、
空隙が貫通している。
4 上流側右岸の壁石が輪石と接する部分で約5cmズレ出ており、その上部に積み
重なる壁石は更に上流側に孕んでいる。
5 下流側右岸の高さ1m程度の部分の輪石に亀裂及び剥落が見られる。
6 雑草等が繁茂しており、構造全体を調査する事が困難な上、調査段階では原因を
特定できない為、目視による調査と簡単な検測を行った。
7 文献・既存資料等に記載されている諸数値(径間・拱矢など)がやや不一致。
2 客観状況 の解析及び所見 (●印は、現地聞き取り調査を行うべき事項。)
1 上記1〜4について
橋体内部からの、何らかの原因による圧力が壁石を押し出し、輪石も伴って
上下流側に変位した、と仮に想定して原因の究明を行い、原因として考えられる
可能性事項を、以下に記す。
1 橋体内部の中詰め土が圧密沈下する性質を持ち、雨水の浸透により長期間に
わたり沈下して内圧を発生した。
橋上は壁石の天端まで覆い土が現存するが、追加した事があるか?
橋の上部の土を工事で入れ替えた、又は追加した事実はないか?
2 橋体内部の中詰め土に、植物の根が伸び、肥大して内圧が発生した。
橋上にこれまで草木が繁茂したことはあるか?(1年間だけでも)
この橋のこれまでの維持管理状況は?
3 その他の原因。
地元聞取り調査。(思いつくまま、箇条書きしてもらうほうが効率的)
以上について、裏付けが取れればほぼ初回の調査での暫定判断は正しかった
こととし、修繕計画に入ることとする。
しかしながら、構造全体を調査しなければ計画及び設計ができない為、橋及び
橋周辺の除草(橋体に伸びた根などの撤去は禁止)を行ったのち、橋を中心と
した平面図1枚・正面図2枚(上下流)・輪石展開図1枚を必用とする。
(平面図は、仮設計画及び将来計画の可能性もあるので公道・隣接家屋を含む。)
概算で下記費用が必要とされる。
    項  目             数量 単価   金 額     備考  
   
  除草   作業員(足場等とも) 2 15,000   30,000   抜根禁止  
  測量   測量員(器具とも)   2 20,000   40,000          
  測量   測量手元       4 11,000   44,000          
  作図   作図(OA)       2 25,000   50,000          
  成果品納品(フロッピーディスク共) 2 1,000   2,000          
  諸経費               1 20,000   20,000          
                                186,000   195,300  
                                                 
(所有者の、除草・伐開の許可が必用?)
藤本氏:0965−67−2511
2 測量及び調査結果による修復計画
1 調査結果
基礎となる岩盤は、両岸ともに風化による変位は見られない。
左岸の基礎石は岩盤を削り込んで、上流側は高く下流側は低く斜めに施工してあるが、
基礎石が下流側に滑った形跡はない。
輪石を構成する石は、岩質が矢部の島木石に酷似している。基礎岩盤も含め周囲には
同様の岩質が露出している場所がない為、石材を矢部から運んだ可能性がある。
以前、橋上を1mほど嵩上げしたことを隣接商店の藤本氏が記憶している。目視および
断面図から、嵩上げ前の橋面はほぼ水平であり、中央部(要石部)での橋の厚さは輪石
を含めて約50cmである。
R=(L^2+H^2)/2H の式に次の図の各実測値を代入すると
R=(2.83^2+2.05^2)/2*2.05=  2.97839
R=(1.750^2+0.510^2)/2*0.510=  3.25745
R=(1.750^2+0.455^2)/2*0.455=  3.59288 となり、単芯円ではない
可能性もあるが、ここでは暫定的に最小値 2.978mを半径としておく。
暫定値ではあるが、径間は2.978*2= 5.956 5.96m とする。
拱矢については、左右岸の輪石の基礎石の高さが違うので、右岸の根石の高さからの
差を拱矢とし、実測値 2.45 とする。
輪石の実測値(下表)から、新造当時の橋の巾を推定すると、4・5・6・7・23だけが
あまり隙間がなく特殊な配列ではないので、約2.73mである
修復すべき隙間のうち、輪石が割れて抜け落ちた箇所は12列と16列の2カ所である。
輪石巾実測値(左表)のうち、
特殊ではない輪石の列(4列
から21列まで)の輪石の巾を
上流端と下流端で比較したもの
である。
上流より下流のほうが17cmも
長いことが判り、新造当初から
いびつなアーチであった可能性
がある。
2 原因の推定
石橋を嵩上げした時、壁石と壁石の間に充填した中詰め土に、シルト・粘土・砂等の
多いものを使用してあり、橋の表面から浸透した水分が中詰め土の圧密沈下を促し、
さらに橋の内部で凍結・融解を繰り返した可能性もある。
嵩上げした壁石は横断図からも判るように勾配がついており、壁石自体の重量が、
既存石橋の天端石に斜めに作用して、橋の両側に押し出す結果になったようである。
(空積みの場合、法面途中で勾配を緩くした石垣は存在しないはずである。)
地震の影響も追い打ちになったと考えられる。
また、壁石の孕みは至るところで顕著であるが、特に上流右岸側の孕みには、すぐ
そばに生育している杉の木の根が影響している可能性が高い。
以上の全てが複合的に影響して壁石が上下流に押し広げられ、伴って輪石が引き
ちぎられる形で破壊が起こったと考えられる。
以上の原因を排除し、更に一般的な石橋の特長を加味して計画を行う。
3 修復計画
考えられる修復案を、費用の少ないものから順に揚げ、その是非を評価する。
A案 (輪石だけを現状のまま固定する案)
現状の形のまま、輪石の隙間を石材で隠し、さらに輪石と輪石の間に
粘土を塗り込み、上からの注入コンクリートが露出しないように下地を作る。
橋の上部に開いた穴からコンクリートを注入し充填して亀裂の周囲の輪石を
コンクリートの接着力のみで固定する。
壁石が崩壊しても輪石はかろうじて残る、と考えられる。
橋の周辺の杉の木は、最低でも5本は切っておく。
輪石の上下流への変位を止めることで、これ以上の壁石の変位も止まる、と
考えられるが、右岸上流の壁石はすでに限界に来ているようなので、工事中
にも崩壊する恐れが大きい。
コンクリートを注入する事は、将来本格的な復元をする場合、コンクリートに接する
輪石は使用できなくなると考えられる。(輪石からコンクリートを取り除く場合、輪石
のほうが脆いので割れてしまう。) コンクリート接着部の輪石は取り替えが必用。
また、コンクリートは現在空いている空隙からしか注入できないので、充填密度は
確認できず、かなり不確実。
B案 (輪石と壁石を現状のまま固定する案)
全ての壁石の隣り合う接点に石材用の接着剤を注入して補強する。
次にB案と同じく、輪石を固定する。
この方法でも、応急の修繕であり、輪石も壁石も将来的には再修復が必用となる。
A案・B案共に、嵩上げした壁石垣を残すものであるが、過去に流失した石橋の多く
は、嵩上げした壁が洪水の水圧負担を大きくして全体崩壊した例が多いので、一考
すべき観点である。
C案 (輪石を現状のまま固定し、壁石を築き直す案)
支保工で輪石の崩壊を防ぎ、壁石を両岸を除いてほとんど取り去り露出させ、
輪石の背面から隙間を石材で埋め、合端に粘土を詰めてコンクリートで固定する。
亀裂の入った輪石は接着剤を注入する。
壁石を復元しながら、中詰め土は岩砕(粘土・シルト分の少ないもの)を充填する。
取付の壁石や、人家の石垣も一部解体して行うため、かなりの費用を必用とする。
むしろ、D・E案のように輪石を矯正すべきか?
D案 (輪石の配列を復元する案)
支保工で輪石全体を浮かし、元の配列に矯正する。輪石に亀裂が入っているもの
は新しい石材と取り替える。壁石は新造当時のものは、在来のものを番号を打って
復元する。中詰め土は岩砕とする。橋上表面は三和土等で舗装し雨水の浸透を
妨げる。
嵩上げ壁石は垂直に築く必用がある為、現在使用してある石材は控えの短いもの
は使用できず、取り替える必用がある。
E案 (完全復元案)
D案と同じ作業で壁石を新造当時の高さまで復元し、嵩上げ部分を施工しない。
人家の石垣は許可があれば敷地内に階段と挟壁を作り昇降可能にする。
右岸は巾1m程度の遊歩道で擦りつける。
3 概算見積
別添見積書をまとめると次のようになる。
A案 \1,080,450
B案 \1,546,650
C案 \7,441,350
D案 \8,666,700
E案 \8,553,300
4 検討
1 修復計画の再検討
7月22日午後2時より泉村役場にて、助役・教育長・教育委員会・建設課ご臨席の上
工法の再検討を行った。
その結果、次のF案が導き出された。 (新造時の状態の橋を以下 小谷橋 と呼ぶ)
F案 (小谷橋全体を現状のまま接着剤で固定し、嵩上げ部を撤去する案)
脱落した輪石部分を埋める石材ならびに、開いた隙間を埋める石材を加工して
はめ込み、接着剤で接点を接着して固定する。更に、既存輪石全体の接点部分も
接着剤で点付けして補強する。(接着剤:エポキシ樹脂系)
小谷橋の壁石と見られる部分も、一部を除き、現状のまま接点を点付けし、補強する。
簡易な支保工で輪石の崩壊を防ぎ、嵩上げされた壁石を新造時の位置まで撤去する。
輪石背面及び壁石内面の可能な箇所は点付け接着し、隙間を石材屑で充填する。
小谷橋の天端石と考えられるラインは平坦でなくても、そのままにしておき、はつって
通りを揃えるようなことはしない。
嵩上げした壁石を撤去する際、左岸石垣(民家)に橋体から擦りつけるように
曲面に積んである石垣は約3uほど、石垣天端まで撤去しなければならない。
が、垂直に撤去できないので、約2uほど壊す必用のない石垣も積み直しを
必用とする。石垣背面が崩壊する恐れがある場合は、切り下るごとに民家の
庭へ安定勾配を付けて切り込む。最大45度と考えられるので、石垣の天端から
約2m庭に食い込む可能性があるため、民家の承諾を要する。
左岸側は、乱積みにより上下流に併せて壁積みを行うが、民家の意向を重視し、
階段施工など、可能な限り便宜をはかる。(今後の維持管理のためにも)
右岸上流の壁石は現状のままでは修繕不可能と思われるので、約2uほどを解体
復元を行う。(上下判別可能な連番を打番し、写真撮影を行い、復旧する。)
また、取り付けの石垣もすり付けのため撤去することになるが、左岸同様に約
2m程度山林を掘削し、小径を取り付けておく。
当然、杉の木の根も撤去しなければならない。
現場から発生する、廃材(壁石屑・木の根)のうち、壁石屑は小谷橋の中詰め、
及び左岸石垣積みに流用し、残ったものは右岸側に適当に配置する。
木の根は林内に集積し、腐敗分解処理とする。
右岸上流のコンクリート基礎(水車基礎?)は、所有者の許可があれば残土処理
場として埋め殺し雑石などで覆ってしまったほうが良いと思われる。